第4講 事例研究|危機管理とリーダーの状況判断
将帥はあらゆる失望悲運を制し、内に堅く信じて冷静明察を失わず、沈着剛毅、楽観を装いて部下の嘱望をつなぎ、その指揮を作興して、最後の勝利を獲得することを務めざるべからず。(統帥参考)
福島原発爆発事故と日本年金機構による情報漏えい問題の2例を挙げたが、2例ともトップリーダーの決心による意志が不明確で、本部と現場、スタッフとラインの確執がCrisisに繋がったと言えよう。
福島第一原発事故に見る決心無き現場の問題点
指揮の基礎をなすものは実に決心なり。故に指揮官の決心は堅確にして常に鞏固なる意志をもって遂行せざるべからず。決心動揺すれば指揮錯乱し部下従いて遅疑する。(作戦要務令)
① 事 例
2011.3.11に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波は高さ15mを超え、
東北地方からと関東地方にかけての太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。
この大津波に襲われた福島第一原発は、原子炉冷却装置を稼働させる全電源を喪失、
1号炉・2号炉・3号炉で炉心溶融(メルトダウン)による水素爆発を引き起こした。
この時、現場では1号機の原子炉を冷却する淡水の代わりに、海水の注入を始めたが、首相官邸サイドや東電本社では「水素爆発は確率的には非常少ない」、「圧力容器などが海水の塩分により腐食し、じ後の復旧活動に影響する」などの理由から海水注入の中止を命じた。しかし吉田所長は内密に海水注入を続行したが、結局メルトダウンによる爆発事故が起きた。
※東京電力が福島第一原発の1号機から4号機までの廃止と、7号機と8号機の増設計画の中止を取締役会で決定したのが2011.5.20であった。
② 教 訓
状況が緊迫すると、現地の現状認識は悲観的な報告になりやすい。このため旧軍では「参謀は足で稼げ」と言われ、本部スタッフを現地に派遣し、現地の状況を肌で感じ、指揮官が示した決心を念頭に現地状況の正確な把握と現状分析を行い、指揮官の意図の徹底を図っていた。
この時の危機管理リーダーは菅直人内閣総理大臣と勝俣恒久東電会長の二人であった。この二人のトップリーダーの不決断と政府、東電の二つの組織が過度の現場介入を行っただけでなく、テレビ会議やメール、電話などを利用して現地の現状把握と遠隔操作を試みた結果、現場、東電本部、官邸の三者三様の現状把握が混乱状態に拍車をかけ、最悪のCrisisとなった。
日本年金機構の個人情報流出事案
指揮官決心を為すに方りては、常に敵に対し主導の地位に立ちて動作の自由を獲得するに勤め、特に敵の意表に出ずること極めて緊要なり。若し一度受動の地位に陥らんか、終始敵の動作に追随し、遂に失敗に終わるものとする。(作戦要務令)
①事 例
2015.6.1日本年金機構は、外部からのかウイルス感染したメールにより、
約125万件(判明分)の基礎年金番号、氏名、生年月日、住所などの個人情報が流出と発表した。
これらの流出情報は、情報系システムとは切り離された基幹系システムで厳重に保護管理されていたが、職員が恒常的に作業をするため情報系システム(通常の作業用パソコン)にコピーして、日常業務を行っていた。
しかも、これらの個人情報の流失は、情報系システムコンピューターにパスワードが設定されて居なかったためウイルスを仕込んだ電子メールによる標的型サイバー攻撃を受け約125万件の個人情報が流出した。
また、日本年金機構本部は、職員が恒常的に作業する情報系システムコンピューターにパスワードの設定を求めていたが、全部署から受けた回答は、「完了」であった。
しかし、現実にはほとんどのパソコンが、本部の指示を無視してパスワードを設定していなかった。
しかも、約125万件の流出情報の内99%がパスワードの付与設定を行わなかったパソコンからの流出であった。
②教 訓
日本年金機構は社会保険庁の時代から、官僚、社会保険庁採用組そして地方事務所採用組の三層構造で、スタッフとラインの隔たりが強く、本部スタッフの命令や指示に対して表面上は従属を示しているが、現実には各地方事務所が半ば独立国状態にあった。
更に本部スタッフは地方事務所のラインと問題を起こすより、書類上体裁を整えていれば問題無いとする「事なかれ主義」が社会保険庁時代からの悪しき慣習として引き継がれていたため、今回の情報流出事案は起こるべきして起きた事案と言えよう。
パスワード設定問題でも、地方事務所は設定していないにも関わらず、「完了」の報告をしたが、本部スタッフもこのことは織り込み済みで「完了の回答を受けたのだから、本部スタッフの責任は無い」と実施状況に不信感を持ちながらも、パスワード設定の確認行為を怠るなど、社会保険庁時代からの悪しき習慣が今回のCrisisに繋がった。
これらの問題解決の道筋としては、トップリーダーを頂点とした指揮、命令系統の確立と実行の徹底監督、頻繁な人事交流による本部スタッフと地方事務所職員との意識改革などを含めた人事制度の見直しなど革新的な制度改革が必要である。