第1講 危機管理とは|危機管理とリーダーの状況判断
将帥は事務の圏外に立ち、超然として、つねに大勢の推移を達観し、心を作案と大局の指導に集中し、適時適切なる決心をなさざるべからず。(統帥参考)
情報通信技術(ICT 、Information and Communication Technology)の急速な発展は、
世界規模での情報伝達を可能にし、グローバルで創造的なビジネスチャンスを作り出した。
しかし、この光に包まれる情報化社会の影の部分としてハイテク犯罪やサイバーテロなど情報化社会特有の目に見えない脅威と恒常的に対峙しなければならず、危機管理という言葉が日常的に使われるようになった。
危機管理の概念
戦況は変転極まりなく、必ずしも予期の如く発展するものにあらず。その間に処し克く所期の目的を貫徹するは、指揮官の旺盛な責任観念及び不屈の意志に依ることを銘心せざるべからず。(作戦要務令)
危機管理は英訳すると、Risk Management、Crisis managementと訳されるが、
RiskとCrisisとでは概念や考え方、定義が異なる。
元々Riskとは、「絶壁の間を船で行く」という原義から派生し、危険を事前に察知しながら想定される危険を予想して細心な注意を払い航海を乗り切るということから、「危険、冒険、賭け」と訳されるが、Risk Managementでは「発生が予想される危機」、予防措置を意味し、具体的に内部統制やRisk管理として一般的に使われている。
これに対してCrisisは元々「将来を左右する重要な分岐点」が原義で、「危機、決定的段階、重大局面」と訳されるが、Crisis ManagementにおけるCrisisは「予測困難な危機」が発生した状態を意味し、日本では1995(平成7)年の阪神・淡路大震災を機に予測不可能な危機に対応するCrisis Managementの考え方が一躍注目を浴びるようになった。
つまり、Crisis managementはRisk Managementでは防ぎ切れなかった緊急事態対処を意味するが、対応の是非によっては組織存続のターニングポイントとなる。このためCrisis を乗り越えた組織は、危機管理力が経験的に強化され、強い組織力として発展の可能性を含むため、Crisis managementはピンチをチャンスに変える可能性を秘めた危機管理とされる。
また、学説的にCrisis management はRisk Managementの中に含まれるとするのが一般的である。
状況判断と決心
指揮官は其の指揮を適切ならしむる為、絶えず状況を判断するを要す。状況判断は、任務を基礎とし・・・各種資料を収集較量し、積極的に我が任務を達成すべき方策を定むべきものとす。(作戦要務令)
決心とは、会社存続の意義と目的、そして将来的にどうあるべきかを表したビジョンを基礎とし、戦略的で長期的視野に立った目標と固い決意である。このため決心はトップリーダーと一部権限が委ねられている職域リーダーにのみ許され、その性格上妄りに変更したり、会議や第三者の判断に委ねることは許されない。
これに対して状況判断は、種々の情報から目的を達成するために最善の方策を探る思考が主であり、
決心が命令や指示により実行を伴うのに対して、状況判断は性質上行動や実行を伴わない。
不測の事態が発生した場合、時間経過とともに状況は刻々と変化し、正確性と信頼性の薄い情報が錯綜する。このため、刻々と変化する状況や新たに入手された情報から判断される状況判断は時として変わるが、決心はトップリーダーが固い決意のもとに示した進むべき方向を示した道標であり、変えることは方向性を変えることになり、混乱に拍車をかける危険性が大きく、性格上妄りに変えることは許されず、万一状況の著しい変化の中で決心を変えなければならない場合でも、前の決心との整合性に注意し、組織の混乱を防がねばならない。
また、決心はトップリーダーが行うべきものであるが、Crisis時においては部長、課長及び工場長や所長など各級の職域リーダーも職責に応じて決心し、速やかなCrisis対応を行う。
この場合、各級の職域リーダーは常に自身の職責とトップリーダーの思考を勘案し、眼前の状況に惑わされず、刻々と入る情報から要点を見極め、トップリーダーならどのような決心を下すかを明察しながら状況判断を行い、確固たる信念と情熱を以てトップリーダーに代わり「決心」し、すべての努力の指向を要点に集中して迅速なCrisis対処を行わなければならない。